チャールズ・フリートフォード・シースは、Bell Telephone Company of Canadaの創立者である。National Bell Telephone Company of Boston社長のW・H・フォーブス(W.H. Forbes)の指名により、この地位に就いた。シースが設立したNorthern Electricが、後にNorthern Telecomとなる。
Charles W. Brown (チャールズ・W・ブラウン)
チャールズ・W・ブラウンは、後にNorthern Telecomの一部門となる機械製作部門の責任者であった。ブラウンは1882年に、モントリオールの小さなオフィスで、Bell Telephone Company of Canada向けの電話機器の製造を始めた。
Dr. A・ブルーワー・ハントは、1950年代にNorthern Electric研究開発部門の責任者を務めた。当時、組織はWestern Electricの支援から離れ、困難な転換期にあった。「当時は思い出すだけでも厳しい状況で、進歩も遅々としたものだった。それまでの状況は至極簡単で、どんな問題でも電話でWestern Electricの誰かに相談すれば済んでいた。自分達で考える必要はなかった。その後ろ楯を失った時、われわれ社内の技術スタッフに責任がのしかかり、答えを自ら見つけ出す必要に迫られた」。
36年間の大半をマーケティング担当役員として勤務したチャーリー・シウは、「Digital World」「OPEN world」の発足に重要な役割を果たした。1997年に、英仏市場への進出を目的として新設された海外関連会社マーケティング・グループの責任者となった。シウは、中国における事業に大きく貢献し、Northern World Tradeの戦略開発担当副社長に指名された。
Owen Bradford Butler (オーウェン・ブラッドフォード・バトラー)
オーウェン・ブラッドフォード・バトラーは、1993年にNorthern Telecomの企業統治規程が改訂された後、最初に選任された会長である。バトラーは長年にわたりNorthern Telecomの取締役を務めており、米国のProctor and Gambleの元会長でもあった。
Northern Telecom社長のロイ・メリルスは、米国のジョージ・ブッシュ大統領から「President's Environment and Conservation Challenge Award for Innovation」を受賞した。メリルスはその任期中、顧客との間で真のパートナーシップを構築することを、最優先のビジネス目標に設定した。「1度、顧客に社内のコンピュータ部門を見てもらったことがあったが、その時は大騒ぎになった。顧客に直接データベースを見てもらい、ソフトウェアでどのような誤りが生じる可能性があるか知ってもらうことを実現するには、まず社内でこれを受け入れるための多大な努力が必要だった。しかし、われわれは、これを実行し、顧客に対する会社の態度を変えることができた。顧客が工場を訪問する時はいつも、従業員が『We love you』という掲示を貼るようにしている。ある時、製造現場を訪れた顧客が、その掲示を見て泣いている姿を見たことがある」。
ウィリアム(ビル)・オーエンスは2004年4月から2005年11月までノーテルの社長兼最高経営責任者を勤めました。ノーテル入社以前は、米国の軍隊においていくつもの上級職に就きました。それには米国の軍隊の2番目に位置する統合参謀本部副議長にも就任しています。オーエンスはまた、軍部のハイテク化を進める軍部革命(RMA:the Revolution in Military Affairs)の設計士も歴任し、このRMAは、第二次大戦以来、4つの軍隊に対して、システム要件、予算、技術面において重要な変革をもたらしました。2004年、オーエンスは、権威ある業界誌Network Worldによりネットワーキング分野におけるもっとも実力のある50人の一人に選出されています。